(いっちゃんから連絡が──)

あまりにも驚き過ぎて私は其の場で立ち尽くしてしまった。

五年前、芸能人になるのだと町を出て行ったいっちゃんとは音信不通になってしまっていた。

いっちゃんの家には一度だけ連絡があって、映画のオーデションには落ちたけれどとある芸能事務所の人からスカウトされて、其の会社が用意してくれたカリキュラムに則って芸能人を目指すから心配しないでという事だった。

其れ以来何処でどうしているのか全く解らなくなってしまっていた。

おじさんもおばさんも『警察の世話になっていないならいい』とあんまりいっちゃんの事に関しては気に留めていない様子だ。

だけど私はいっちゃんがどうしているのか心配だった。

芸能関係のニュースは解る範囲で気にしているけれど、いっちゃんらしい芸能人は未だに紹介されていない状況。

だから余計に芸能人になるのって大変なんだなと思いながら、私はいっちゃんの邪魔になりたくなくて何処かの空の下で頑張っているいっちゃんを陰ながら応援する事で心に留めていたのだった。


──其のいっちゃんからの連絡


「ねぇ、るいちゃん、訊いてる?」
「! あ、う、うん…」
「でね、お母ちゃんがるいちゃんに家に来て欲しいって云ってるんだけど」
「おばさんが?」

町内中が顔見知りで仲がいいという環境だから、当然いっちゃんのお母さんとも私は顔見知りで仲がいい。

「だから早く行こうよ」
「うん」

私は幹くんと連れ立っていっちゃんの家に急いだのだった。





「お邪魔します!」

いっちゃんの家に着き、玄関で慌てて靴を脱いだ。

「あ、涙花ちゃん待っていたわー先刻樹から電話があってね、涙花ちゃんには直ぐにでも知らせようと思って」
「おばさん、いっちゃんなんだって?っていうか元気なの?ちゃんと生きているの?!」
「まぁまぁ、ちょっと落ち着いて?元気だったわよ、意外と」
「~~~」

其処でやっと私は息を吐き、其の場にヘロヘロと座り込んだ。

「涙花ちゃんには随分心配をかけていたようね、あの子ったら。何処でどう生きていてもいいけど、せめて涙花ちゃんには連絡するべきよね──ったく」
「…おばさん」

いっちゃんのお母さんは私がいっちゃんの事を好きだと知っている。

私の親は共働きで、学校から帰っても家には誰もいなかったから小さい時からいっちゃんの家に出入りしていた。

いっちゃんのお母さんはもうひとりのお母さんという感じで、本当の母親以外になんでも話せる唯一の大人だった。

「其れでね、はい、これ」
「何、これ」

おばさんから差し出された紙切れに少し戸惑った。

「樹が云うには、もし涙花ちゃんが大学に行かないで就職する選択をする様な事があったら一度此処に電話して欲しいって託(コトヅケ)されたのだけれど」
「えっ」
「なんでも樹、芸能人を目指すのを止めて今は普通に会社に勤めているみたいなの。其の会社が人手が少なくて働き手を探しているって事らしいの」
「…」

おばさんから訊かされた話は、まさに今の私にとっては夢の様な話だった。

(嘘…まさかこんなタイミングでいっちゃんから就職のお誘いがっ)

「でも涙花ちゃん、進学希望だったら樹なんかの誘いを気にしないで──」
「する!」
「え」
「おばさん、私、いっちゃんに電話する!」
「はぁ」
「これ、ありがとう!今日はこれで帰るね」
「そ、そう…また何かあったらおばさんにも教えてね」
「うん!」

私は慌ただしくいっちゃんの家を出て、自宅に向かって走り出していた。

(いっちゃんが…いっちゃんの勤めている会社に私も…!)

つい先刻まで悩んでいた事が一気に解決しそうで、私の心は晴れやかになっていたのだった。

蒼い樹が薫る
★ランキングサイトに参加しています。
其々1ポチずついただけると執筆の糧になります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村